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市民の声 卒業

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2019/02/28掲載(網走管内/社会)

大きな希望を胸に学び舎を巣立つ卒業式の思い出、何かを終了して次の段階に進むなどの“卒業”にまつわる市民のエピソードを紹介します。

進路未定で卒業式は欠席
周囲の友達が続々内定するなか、私は大学卒業後の就職先が決まらず、かなり焦っていました。卒業直前になってようやく出版社への就職が決まり、ほっとしました。

 ところが入社前に行われた研修会で、内定した会社が資格商法まがいの営業を行っていることが判明。すぐに内定を辞退しました。進路未定となり肩身が狭い思いがして卒業式には欠席。卒業から半年後、なんとか広告代理店に就職しました。

 卒業が迫っている、友達の進路が決まっていくからといって焦らず、どんな会社かよく把握した上で就職してほしいですね。

(北見市、50代・男性)


暴飲暴食
「食べ過ぎ」「飲み過ぎ」を卒業しようと思っています。

 今年のお正月からずっと、新年会続きでした。相次ぐ新年会は例年のことでしたが、ある日の夜、胸が悪くなり目を覚ました。ひどい下痢にも見舞われ、翌朝、病院へ行くと「胃腸炎」と診断されました。

 以来、「食べ過ぎ」「飲み過ぎ」を卒業。どんな酒宴でも、腹八分目を守っています。おかげで体の調子はすこぶる良好です。

(網走市、50代・男性)


ボランティア
ボランティアを続けて40年以上になります。さまざまな活動に参加させていただいています。自分が60歳を超えたこともあり「そろそろ卒業かな」と思っていますが、ありがたいことに、周囲の皆さんが卒業させてくれません(笑)。

 認知症の予防は人と会って話をすることが良いと聞いたので、そういう面でもありがたいことだと思っています。会って、話をして、楽しいボランティア。卒業はまだまだ先になりそうです。

(北見市、60代・男性)


寂しさがあふれた中学校の卒業式
一番思い出に残っているのは中学校の卒業式です。

 私の通っていた中学校の同級生は、ほとんどが小学校から9年間一緒でした。私は仲の良かった友人3人とは別の高校に進学することになりました。

 卒業式の前日まで、特に意識意識することはなかったのですが、式の当日は寂しさや心細さがあふれてきたのを今でも覚えています。

(北見市、40代・男性)


卒業式の後にパチンコ店へ
高校3年間、まじめに過ごしてきた分、卒業式を迎えとても大人になったような気持ちになりました。そんな思いから、仲良しの友人と今まで行けなかった“大人な場所”に行ってみよう、という話になって卒業式が終わったその足でパチンコ店へ行ったことが忘れられません。

 丸めた卒業証書を抱え、友達とドキドキしながら店に入りましたが、大きな音にびっくりしてすぐに外に出てきました。

 60年前の話ですが、いくつになっても忘れられない、かわいい思い出です。

(北見市、70代・女性)


♪ジャズ風「仰げば尊し」
アドリブ入り「蛍の光」
私達の高校時代は、よくある学園ドラマのような校長、教頭派が統率する体制主義の伝統路線と、気鋭の若手教員達が自由と解放を熱望し民主主義を訴える二者が対立し、学校運営が揺れて、少なからず生徒達にも影響を及ぼしていました。50年近く前のことです。

 そんな中で行われた私達の卒業式。

 音楽担任の若手男性教諭のピアノ伴奏で式歌を合唱するのですが「仰げば尊し」の音程が外れるのです。シーンと静まりかえる前奏の時点からです。

 小学校から伝統的教育を受け、卒業式といえば「仰げば尊し」を口ずさみ、涙してきた私にとっては、へたな演奏が恥ずかしくさえありました。でも一方で、それは意図したものだと知っていて、変奏曲風なのが来賓や父母らに伝わるのかどうかヒヤヒヤものです。しまいにはクスクスと笑って「しょうがないなあ」と。「蛍の光」に至ってはアドリブ演奏まで入るのです。

 そうです音楽担任は唱歌とかクラシックよりも、もっぱらジャズ好きだったのです。ジョンコルトレーン、マイルスデイビス…北見市内にジャズ喫茶があり、市民会館によく名プレーヤーがコンサートで訪れていました。

 調子に乗って、間奏に至ってはもうノリノリ。これには伝統を重んじる管理職も手出しできません。私達も失笑から笑顔へ。新しい時代の教育を勉強してきた教諭が自由を表現するかすかな抵抗、戦後教育の分岐点だったのかもしれません。これもありと思えました。教諭は今も市内の音楽活動で活躍しています。

(北見市、60代・男性)


卒業式で泣けず…ワクワク勝った?
私は中高一貫校で、友人達とは高校卒業まで6年間一緒に過ごしました。

 卒業式では、友人がみんなとの別れを惜しんで号泣。普段は笑顔の友人の泣き顔に私は泣くことができず、かえって笑ってしまいました。

 すでに進学が北見に決まっていたので、友人との別れが悲しいというよりも、北見での生活にワクワクしていた方が強かったので、泣くことができなかったのかもしれませんね。

(北見市、20代・女性)


卒業後も学校へ、実感なく…
東京の高校に通っていたのですが、卒業式の時にはまだ大学入試の後期試験前で、講習が残っていました。私は卒業式後も学校に通い、さらに部活にも顔を出していたので、卒業した感覚がほとんどありませんでしたね。

 後輩には「先輩、いつになったら部活に来なくなるの」と言われるほどでした。

 もっとも、北見の祖母のところから大学に行こうと思っていたので、高校卒業よりも「北見では何をしようかな~」と北見での生活のことばかりを考えていました。

(北見市、20代・男性)