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連載 水谷市長の給料 ②

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2019/10/09掲載(網走市/政治・本誌連載)

~静かなる変更~

 網走市の水谷洋一市長が自身の給料月額を76万円から95万円に変えていたことが、市の広報誌「広報あばしり」10月号を通じて市民に初めて明かされた。本来の網走市長の給料月額は「95万円」と定められており、これまでの減額措置は前市長時代から続いていた(1カ月だけ途切れる)。今回の記事は、前市長の大場脩氏へのインタビューを通じて、網走市長の給料が長年にわたり減額されていた理由などをお伝えする。      (大)
※大場氏は1998(平成10)年12月から2010(同22)年11月末までの3期12年にわたり網走市長を務めた

網走市 前市長に聞く
財政健全化のため「まずは自分の身を切る」

給料の増額は「広報あばしり」10月号で市民に知らされた

給料の増額は「広報あばしり」10月号で市民に知らされた

■減額の歴史

 本紙の取材によると、網走市政において首長自身の提案により、市長の給料減額を初めて実現したのが、前市長だった。前市長は市職員時代に職員課長や総務部長、助役などを歴任し、行政の仕組みも熟知していた。

 市長給料の減額は1999(平成11)年7月から始まり、2006(同18)年11月末まで「10%減額」。続いて、06年12月から10年11月末まで「20%減額」が続いた。

 水谷市長が初当選した10年12月の1カ月分だけ「95万円」に戻ったものの、「財政状況が厳しいため」(市幹部職員)に11年1月から再び「20%減額」となり、昨年11月分の給料まで続いた。

■インタビュー

 大場氏のインタビューは今月1日に行った。主な内容は次の通りだ。

 ―市長時代の大半が〝減額期間〟だった。なぜか?―

 「市長としての私の最大の課題は『財政の健全化』でした。健全化策を進めれば、市民の皆さんに我慢してもらことがたくさん出てくるかもしれない、我慢してもらうためにはまず自分自身の身を切ることを考えなくてはいけないと思いました」

 ―減額割合は最初「10%」で、次は「20%」までに踏み込んだ。なぜか?―

 「(財政を健全化するため)さらに厳しい行革が必要だと思った。(能取漁港の特別会計問題などで)とても厳しい財政状況だと判断し、20%減額を市議会に提案しました」

 ―減額を判断した際、報酬審議会に諮ったのか―

 「諮っていません。その理由は、報酬審議会で私を含めた3役(助役、収入役)の減額についての議論が始まれば当然、『議員報酬も減額だ』という流れになってしまうことが予想された。私はそこは避けたいと考えました」

 ―市は第4次行革推進計画で、計画期間中(16~20年度)の5カ年で『26億円の収支不足』を見込んでいるが―

 「実際にそうだとすれば、網走市の財政は危機的状況だと思います」

 ―・―・―・―

 水谷市長が給料を上げた主な理由は「財政の危機的状況は脱したと判断したから」(市職員)だ。次回は、その「危機的状況」を脱したとする根拠などについて検証、考察してみる。