
「伝えたい~永遠の平和を願って」をテーマに開催。遺族会会員、一般町民ら約20人が参加した。
池野本さんは5月、父の玉一さんが1945(昭和20)年に31歳で戦死した沖縄県糸満市にある平和祈念公園を訪問した。
玉一さんが戦死した時、池野本さんは1歳。玉一さんに関する記憶はないが、後に父親が置かれていた戦況を知り「(県の)南部でうろうろせず、北部に逃げていれば助かったのではないかと今でも考えてしまいます」と消えない思いを打ち明けた。
遺骨は戻らず、母のタマヨさんは代わりに届いた石を墓に納めた。「母は父の死について語ろうとせず、戦友から受け取った遺品の手紙も捨ててしまいました。戦争の記憶を封印したのだと思います」と悲しみを代弁した。
祈念公園を訪れた時は体調がすぐれなかったが「手を合わせると体が楽に、軽くなり、父が待っていたんだと感じました」と報告。「今の平和を当たり前と思わないこと。私たちには戦争の記憶を語り継ぐ責任があります。皆さんがきょう、関心をもって集まってくれたことに、父は感謝していると思います」と感極まったようすで話した。
増永さんは2024年11月、父・賢一さんが戦死したフィリピン・ルソン島の慰霊訪問のようすをレポートした。
無名戦没者の遺骨が埋葬されている千鳥ケ淵戦没者墓苑(東京)の存在にふれて「南方には遺骨が見つかっていない戦没者の方が大勢います。日本の戦死者は300万人以上といわれていますが、靖国神社の参拝に加え、千鳥ヶ淵でも手を合わせていただければ、英霊も喜ぶと思います」と話した。 (浩)
