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伝書鳩アーカイブズ 日刊情報フリーペーパー「経済の伝書鳩」の掲載記事を、様々なテーマでピックアップ!オホーツク地方の魅力がつまった話題、季節感あふれる風物詩などをまとめてご紹介します!

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※各テーマの記事は最新のニュースから順に掲載しています。

 

テーマ:連載 懐かし写真館

連載 懐かし写真館 (516)

2017-09-06/網走市

~男性の作品から~
「南4条通り付近」(昭和50年代)
時代とともに変化を続け

昭和50年代に撮影された写真です。場所は南4条通り商店街の近くです。

 この辺りの風景は時代とともに、変化しています。軒を並べる商店などが懐かしいですね。(大)

連載 懐かし写真館 (515)

2017-09-01/網走市

~男性の作品から~
「南4条通り付近」(昭和50年代)
記憶に残るいつか見た街角

昭和50年代に撮影された写真です。場所は南4条通りの近くです。

 長年、網走に住んでおられる方なら、この場所はすぐにお分かりになるはず。「こんな時代もあったよね」なんて思ってくれると幸いです。   (大)

連載 懐かし写真館 (514)

2017-08-17/網走市

~男性の作品から~
北7西3「網走支庁」(昭和50年代)
先代の庁舎前を神社祭の車が走り

撮影年月日の詳細は不明です。おそらく昭和50年代に撮影されたと思われます。

 場所は北7西3。写真後方の大きな建物は、当時の網走支庁です。現在の庁舎に建て替えられる前の建物です。

 写真は網走神社祭の1コマ。男性は、ネガフィルムではなくポジフィルムで記録。画像が鮮明なため、当時の“空気感”がしっかりと伝わる1枚です。  (大)

連載 懐かし写真館 (513)

2017-07-27/網走市

~男性の作品から~
「帽子岩から」(昭和44年)
小舟に乗り網を曳き

昭和44年8月に撮影された写真です。

 男性によると、帽子岩から撮影したそうです。対岸に煙が上がっています。海岸沿いの建物からでしょう。

 小舟に乗り、網を曳く漁業者。ロープを持つ隣の男性の背中が哀愁を感じさせます。

 モノクロ写真で記録した、“昭和の網走”の1コマです。 (大)

連載 懐かし写真館 (512)

2017-07-13/網走市

~男性の作品から~
「網走漁港」(昭和44年)
漁後の水揚げに活気付き

昭和44年8月に撮影された写真です。網走漁港です。

 写真の男性3人。水揚げされた網を押していますね。網にはぎっしりと魚介類が入っています貝が大半のようです。この貝の種類は何でしょうね。

 昔も今も、漁を終えた船が港に戻ってくると一気に活気づきます。男性の写真からは、威勢のいい漁師さんたちの声が聞こえてきそうです。 (大)

連載 懐かし写真館 (511)

2017-05-26/網走市

~男性の作品から~
「網走漁港」(昭和44年)
馬車がまだまだ活躍していた時代

昭和44年8月に撮影された写真です。場所は網走漁港です。

 男性によると、写真の男性は、水揚げされた魚を馬車で運ぶ途中らしい。マイカーが普及したこの時代もまだ、馬車は活躍していたのですね。

 写真右のトラック。デザインが「昭和」です。この時代のトラックは、このようなデザインが多かったですよね。  (大)

連載 懐かし写真館 (510)

2017-05-17/網走市

~男性の作品から~
藻琴地区「国道244号沿い」(昭和44年)
“昭和の網走”見事に表現

昭和44年8月に撮影された写真です。場所は藻琴地区で、国道244号沿いの風景です。

 写真手前のバス。デザインが「昭和」です。この時代のバスはこのような車体デザインでしたね。

 線路沿いの民家も「昭和」チック。木造のどっしりとした家ですね。

 オホーツク海の浮かぶ真っ白な雲。「昭和の網走」を見事に表現している1枚ですね。   (大)

連載 懐かし写真館 (509)

2017-05-10/網走市

~男性の作品から~
南5条東1丁目「田辺商店」(昭和51年)
年の瀬にしめ縄飾りを販売

昭和51年に撮影された写真です。場所は南5条東1丁目です。

 “昭和の網走人”なら、この建物は何かすぐにお分かりでしょう。当時の田辺商店を収めた写真です。

 撮影されたのは12月。田辺商店の前では、しめ縄飾りが売られています。写真をよ~く見ると、子どもを連れて品定めする市民の姿が。

 昔は年の瀬になると、商店街などでしめ縄を売る人が目立ちました。今ではそうした風景をあまり見かけなくなりましたね。    (大)

連載 懐かし写真館 (508)

2017-05-04/網走市

~男性の作品から~
南2条西1丁目「ホテル山水閣」(昭和51年)
当時の網走を代表する宿泊施設

昭和51年に撮影された写真です。「昭和」前・中期に生まれ育った網走人なら、この建物は馴染み深いと思います。

 場所は南2条西1丁目。建物はホテル山水閣で、市立郷土博物館も手がけた田上義也氏が設計しました。

 山水閣は、網走橋の近くにありました。現在、その跡地には大型パチンコ店が建っています。

 記録によると、山水閣には皇族がお泊りなったこともあるそうです。当時の網走を代表する宿泊施設でした。  (大)

連載 懐かし写真館 (507)

2017-05-02/網走市

~男性の作品から~
南4条西3丁目(昭和58年)
「網走南条郵便局、高橋薬局」
レンガ造の重厚な建物

昭和58年7月に撮影された写真です。レンガ造りのどっしりとした建物ですね。

 撮影場所は南4条西3丁目。この建物は網走南条郵便局と高橋薬局です。

 南4条郵便局と高橋薬局は今でも同じ場所にあります。ただ、建物は建て替えられ、玄関の位置はかなり変わりました。 (大)

連載 懐かし写真館 (506)

2017-04-24/網走市

~男性の作品から~
南4条西2丁目「マスヤ書店」(昭和63年)
当時は歩行者アーケードがなく

カラー写真です。昭和63年7月に撮影された写真で、場所は南4条西2丁目です。

 当時のマスヤ書店です。現在の商店街アプト・フォーに軒を並べていた店舗で、レンガ造りがいい感じです。

 写真の時代、アプト・フォーにはまだ歩行者アーケードがありません。現在、この場所には歩行者アーケードがあり、近畿日本ツーリストの店舗があります。レンガ造りの店舗は姿を消しました。  (大)

連載 懐かし写真館 (505)

2017-04-18/網走市

~男性の作品から~
「網走小旧校舎」(昭和53年)
当時は児童数最多のマンモス校

昭和53年に撮影された写真です。元の網走小学校校舎です。

 現在の網小校舎は同じ場所に建っていますが、正面玄関の位置が異なります。写真は当時の校舎の正面玄関で、現校舎では正面玄関の裏側となります。

 この木造校舎で小学生時代を過ごした市民は多いはず。ベビーブーム時代、網小は市内で最も児童数の多いマンモス校だったらしいです。 (大)

連載 懐かし写真館 (504)

2017-04-12/網走市

~男性の作品から~
「天都山展望台」(昭和51年)
一昨年、3代目が完成

昭和51年6月に撮影された写真です。当時の天都山展望台です。

 この展望台はいわば“初代”であります。時代は移ろい、現在の展望台は3代目となり、平成27年8月に完成しています。

 写真の展望台にはたくさんの人がいます。みなさん同じ方向を見ています。たぶん、オホーツク海方面を見ているのでしょう。

 現在の展望台より規模は小さいですが、この時代の網走観光の“勢い”みたいものを感じさせてくれる写真です。 (大)

連載 懐かし写真館 (503)

2017-03-31/網走市

~男性の作品から~
山里地区「木造橋」(昭和60年)
建造に多くの材木使い

昭和60年に撮影されました。立派な橋ですね。

 男性によると、この橋は山里地区に架かっていた木造橋。現代の網走市において、このような橋はもうお目にかかれません。

 橋脚がすごいですね。たくさんの材木を使っています。橋の幅はどれくらいあったのでしょうか。車は通れたのでしょうかね。(大)

連載 懐かし写真館 (502)

2017-03-30/網走市

~男性の作品から~
「南ヶ丘高体育館」(昭和54年)
当時は校舎、体育館ともに木造

昭和54年6月に撮影されました。ここは一体、どこなのか。わかりますか?

 正解は、木造校舎時代の網走南ヶ丘高校の体育館です。天井の梁がすごいですね。

 現代の体育館と比べると、天井が低いような。球技はできるのか心配になりますが、バスケットゴールがありますので、問題なかったと思われます。

 この体育館で汗を流した市民も多いのではないでしょうか。    (大)

連載 懐かし写真館 (501)

2017-03-28/網走市

~男性の作品から~
二ツ岩地区「オホーツク水族館」(昭和62年)
平成14年に閉館、さら地に

昭和62年10月に撮影された写真です。市内二ツ岩地区にあったオホーツク水族館です。

 同水族館は平成14年に閉館。その後、建物は取り壊され、さら地となりました。

 「昭和」に生まれ育った市民は、同水族館にまつわる思い出がたくさんあるはず。家族、友人、学校行事などで来館し、楽しい思い出が残っているはずです。(大)

連載 懐かし写真館 (500)

2017-03-23/網走市

~男性の作品から~
「浦士別小学校校舎」(平成12年)
閉校して15年以上が経ち…木造校舎やさよなら看板も

平成12年に撮影された写真です。“懐かし度”は少々足りないかもしれませんが、浦士別小学校が閉校して「もう、15年以上が経ったんだ」と感じる市民は少なくないはず。懐かしの木造校舎、さよなら看板などを記録した写真です。  (大)

連載 懐かし写真館 (499)

2017-03-15/網走市

~男性の作品から~
南4条通「流氷みこし」(昭和50年代)
流氷乗せたみこしのぶつかり合い

昭和50年代に撮影された写真です。場所は商店街アプト・フォー(南4条通)とか。なんだか、にぎやかな写真ですね。

 当時のイベント「流氷みこし」の1コマ。流氷塊をみこしに乗せています。写真だと、ぶつかり合っているように見えます。

 この時代の網走は元気があったように感じます。みこしを見るため沿道に集った市民の多さ。元気を感じます。   (大)

連載 懐かし写真館 (498)

2017-03-09/網走市

~男性の作品から~
網走中央公園「流氷地曳」(昭和53年)
大きな氷塊を引く一大イベント

昭和53年2月に撮影された写真です。当時の冬の一大イベント「流氷地曳」の様子です。

 流氷まつりに合わせたイベントでした。会場は中央公園。大きな流氷塊を大勢の市民が引いています。なんだか、とても楽しそうですね。

 流氷塊には「繁栄地曳」と書かれた看板が立っています。その下にはしめ縄がありますね。

 見学する市民のファッションも“昭和”を感じさせてくれます。   (大)

連載 懐かし写真館 (497)

2017-02-23/網走市

~男性の作品から~
北6西1「網走厚生病院」(昭和60年)
現在より小さくも大切な施設

昭和60年10月に撮影された写真です。「今と変わらないのでは?」と思う市民も多いのでは。でも、よ~く見ると違いがわかるはずですよ。

 撮影場所は北6西1の交差点付近。当時の網走厚生病院が写っています。現代の網走厚生病院と比べると、小さいですね。

 網走厚生病院は昔も今も、地域医療を支えてくれる大事な大切な病院ですよね。    (大)

連載 懐かし写真館 (496)

2017-02-22/網走市

~男性の作品から~
網走駅(昭和51年)
現在とは全く違ったデザイン

昭和51年6月に撮影された写真です。当時の網走駅です。

 カラー写真ですので、それほど昔の駅舎といった感じはしませんよね。でも、昭和51年という時代は、今から40年以上も前のこと。“昭和は遠くなりにけり”といった感じです。

 現在の駅舎デザインはまったく異なります。この時代の網走駅はいい感じですよね。写真の交差点、駅駐車場の車のデザインも「昭和」を感じさせます。    (大)

連載 懐かし写真館 (495)

2017-02-17/網走市

~男性の作品から~
網走第二中学校校舎(昭和60年)
現在、跡地には「どんぐり」が

昭和60年に撮影された写真です。木造校舎時代の網走第二中学校です。

 現在の二中は、写真とは別の場所にあり、鉄筋コンクリート造り。現代の校舎は主流タイプのデザインです。

 写真の校舎に通った市民は多い。当時、中学生だった市民は、今ではすっかり大人になりました。元の二中の跡地には、市の子育て支援センター「どんぐり」が建っています。   (大)

連載 懐かし写真館 (494)

2017-02-14/網走市

~男性の作品から~
網走第二中学校校舎(昭和58年)
木造校舎に最後のお別れ

昭和58年11月10日に撮影された写真です。当時の網走第二中学校の校舎です。

 “昭和人”には懐かしい木造校舎です。木造ならではの教室の匂い、廊下のきしむ音、窓枠の感触-。いろいろと思い出しますよね。

 写真の校舎には「さようなら木造校舎いつまでも私達の心の中に」との横断幕。新校舎の完成に伴い、取り壊される木造校舎へのお別れメッセージです。   (大)

連載 懐かし写真館 (493)

2017-02-08/網走市

~男性の作品から~
網走駅「駅前広場」(昭和44年)
当時あった噴水は憩いの場に

昭和44年に撮影された写真です。当時の網走駅と駅前広場です。

 網走駅の駅舎はナイスデザインですよね。関係者によると、駅舎のデザインコンクールで、網走駅は全国上位の成績を収めたらしい。

 駅前広場には噴水がありました。市民、観光客らの憩いの場でもあったそうです。

 男性はカメラ片手に、当時の網走市内の様子を記録しました。今では、とても貴重な資料となっています。  (大)