
置戸の定住第一号とされる平村エレコーク氏の生涯に焦点を当てた郷土史講座が21日、置戸町中央公民館で開かれた。町郷土資料館学芸員の池田一登さんが、資料から紐解いた同氏の人物像を「和人と交流した珍しいアイヌ。そんなに悪い人物ではない」などと横顔にふれ、訪れた町民は興味深く聞き入った。
記録が残る最初の置戸定住者だとエレコークについて説明した。
アイヌが多く暮らす日高管内ビラトリ(平取町)出身。かつての平取村から苗字をとって平村と名乗った。和人の狩猟同行者として1886(明治19)年頃に北見地方に入る。
常呂川流域に小屋を建て狩猟生活。オロムシ(現・訓子府町内)に住んでいた頃、北光社移民団が入ってきて上流域へ。現在の置戸町境野に1898(同31)年に移り住んだ。
池田さんは「置戸にはたくさんのアイヌ語地名が残り、多くのアイヌが住んでいたと推測できるが記録として最初に名前が出てくるのはエレコーク」と紹介。晩年は故郷のビラトリで過ごしたそう。
「コタンに集団で住むアイヌが多い中で、エレコーク家族は和人と交流し、一家単独で暮らす貴重な存在だった」と解説し「開拓前夜の置戸に想いを巡らせて」と郷土史の1ページを語った。会場には「エレコークさんが住んでいた跡地に、住宅を建てた」と発言する町民もいて、町の歴史を身近にしていた。
受講後は同館ロビーで開催中の「置戸の地名とアイヌ」(3月29日まで)を観覧しながら、アイヌ語地名について語り合う姿も見られた。 (寒)
