北見市常呂自治区の国指定史跡「常呂遺跡」の主要施設が集まる「ところ遺跡の森」(栄浦)で進められていた復元竪穴住居の再整備工事が完了した。
遺跡の森には「擦文の村」に4棟、「縄文の村」と「続縄文の村」にそれぞれ1棟の復元竪穴住居が配置されている。
このうち、これまで改修が行われていなかった3棟(擦文の村2棟、縄文の村1棟)を建て直した。今回の整備では茅葺きの屋根をかけず、木造の骨組みの構造物として展示している。
擦文時代の4号竪穴住居(11~12世紀頃)=写真1=は1辺が約6㍍の四角形で、この時代の住居としては平均的なサイズ。中央に炉、壁際にかまどと板敷の床があった。
その隣りの5号竪穴住居=写真2=は1辺が約3㍍の小型サイズで1人~2人用とみられる。竪穴と壁のみを再現した。
縄文時代中期の10号竪穴住居(約4500年前)=写真3=は細長い形状で、3~4人程度で住んでいたと推定。中央付近では、焚き火の跡も見つかっている。 (柏)


