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湧別町、漂着機雷で112人が絶命

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2017/08/18掲載(北見市/本紙連載・歴史)

北見の81歳男性
兄を奪った爆発 ごう音、一瞬の大惨事

太平洋戦争中の昭和17年5月、下湧別村(現在の湧別町)の海岸に国籍不明の機雷が2個、漂着した。爆破処理するための移動中に1個が爆発し、警察官や見物人など112人が死亡。当時6歳だった北見市在住の81歳男性は、この事故で兄(当時17)を亡くした。今でも、爆発音とこだまする振動音が、頭から離れないという。

平和を思う

男性一家は下湧別村上芭露で鍛冶屋を営んでおり、父と母、兄弟7人の9人家族。5月26日、父と兄3人は、正午に行われる機雷爆破処理を見に行くことになっていた。

 この日の朝、次男は、妹を出産したばかりの母のを気づかって代わりに、爆破処理を見に行く家族の弁当を作っていた。次男が握ったおにぎりが転がる様子を見た母は「何か胸騒ぎを感じたみたいです」(男性)。

 午前10時ごろ、男性は学校から帰宅。11時26分、辺りに響く爆発音を聞いた。

 すでに現場に到着していた次男は爆発に巻き込まれて死亡、長男(当時19)は機雷の破片が掌(てのひら)を貫通して病院に運ばれた。学校行事で現場に向かう途中だった三男(当時15)と、役場に出生届けを出しに行っていた父は難を逃れた。

 この爆発事故で亡くなった上芭露地区の住民は22人。遺体はムシロで巻かれてトラックに山積みにされ、それぞれの家に運ばれた。

 幼かった男性だが、次男の遺体が自宅に運ばれた時のことは鮮明に覚えている。「家の前にトラックが止まって『そっと降ろせよ』と声をかけながら、遺体を縁側に入れました。血は流れているし焼けててすごい匂い。体中に砂が刺さり、タオルでいくら拭いても取れませんでした」。

 母には次男が亡くなったことを隠していたが、ほどなくして知ってしまい、母乳が出なくなるほどのショックを受けた。

 正さんは不自由になった手を抱えながら家業の鍛冶屋を継ぎ、毎年事故のあった5月26日は「家から一歩も出なくなった」。人間の肉片が飛び散る事故現場で、三男とともに次男を探した父も、事故のことを語りたがらなかったという。

 平成22年、新聞で自分と同じように機雷爆発事故で兄を亡くした男性が紹介されたのを見て、男性は兄を奪った事故について調べるようになった。「知られたくないこともあったかもしれないが、あまり資料は残っていない。戦争は良くない。やっぱり戦争は嫌ですね」と静かに語った。     (菊)


【湧別町機雷事故とは】

 昭和17年5月、下湧別村内の海岸などに国籍不明の機雷が2個、漂着した。機雷は水中に設置して爆発させる兵器。処理を担当した遠軽警察署は、機雷の威力を示し戦意高揚などを図ろうと、公開爆破処理を計画し、学校や住民らに呼び掛けた。

 爆破処理の予定は26日正午。臨時列車も運行されるなど続々と見学者が訪れる中、機雷のうち1個を陸上で移動させている途中、爆発。死者112人、負傷者112人という大惨事になった。