旧・常呂町カーリングホールで活動するチーム常呂中学校(ロビンズ)は翌2007年の日本カーリング選手権にも小野寺佳歩選手、吉田知那美選手、鈴木夕湖選手らで北海道代表として出場し、2年連続3位。中学生ブロンズコレクターと言われた。
実は、その後の歩みを分ける大きな分岐点がこの頃に訪れる。
1991年生まれで同世代の藤澤五月選手は、北見の河西建設カーリングホールを拠点に活動する同級生らとチーム(ステイゴールドⅡなど)をつくり、世代ナンバーワンをめざして〝ジュニア〟選手権へ。オホーツク、北海道にとどまらず日本ジュニア、世界ジュニアへといっきに上りつめていく。
これに敗れた同世代のチーム常呂中学校は、成人を含めた一般の大会へと回ることになり、オホーツク選手権から北海道選手権へ。そこで日本選手権の出場枠をなんとかつかんで〝一般〟路線を歩むことに。おとなに交じって銅メダルの快挙を飾る。
一方、同じ世代の吉村紗也香選手は常呂中学校の同級生らとチームWinsをつくり、ホームの常呂町カーリングホールで協会リーグ戦などで着実に力を付けていく。当時、町内の先輩カーラーから「彼女達は将来強くなる」とささやかれていた。Winsは中学、高校、大学とメンバーが変わることなく真っ直ぐに高めあっていく。
2006年~07年。
すでに高校生になっていた近江谷杏菜選手は、そのころ創設された全国高校カーリング選手権を自らのチームgraceで構成するメンバーで第1回、2回大会を連覇。07年11月には当時国内最強のチーム青森にスポット参加する。
<つづく>
