
23年、25年と同様、日本代表・SC軽井沢クラブ(長野県)チームにフィフス(リザーブ)として加わる。25年の大会では体調を崩した選手に代わり、セカンドとして12試合に出場した。
世界選手権の出場権をかけたパンコンチネンタルカーリング選手権(PCCC)やオリンピック最終予選を含め「海外の出場が増えて、国際大会もしだいに慣れてきた」と話す。一方で「世界戦に出てくるチームは毎回、同じような顔ぶれだが戦いぶりは違う。予選で勝てたチームも本戦ではがらりと作戦を替えてきて対策が難しい」。
その日の試合終了後に行われるナイトプラクティス(夜間練習)で、一つ一つストーンの動きをチェックするのも大きな役割。「石ごとの個性をつかみ、翌日の作戦へチーム内で情報共有する」。データ化は深夜に及ぶこともあり「やりがいを感じるとともに体調を整えておくのも大事な仕事の一つ」という。
ふだんは北見カーリング協会のKiT・CURLING・CLUB(キットカーリングクラブ)で仕事を終えた午後7時から練習に励む。サードを務め日本選手権は準優勝が最高で昨年は4位。「僕にとって2つのチームでやらせてもらえるのは嬉しいこと」と貪欲だ。
準備整え、チーム一丸で頑張りたい
JAきたみらい営農振興部担い手グループに勤務。広報として毎月発行の情報紙「おひさまサラダ」や農業新聞の記事を担当する。「長く仕事を空けるので、職場の皆さんの理解に感謝しています」
直前練習を兼ね12日から開催の軽井沢国際大会をへて28日に始まる大舞台へ。「レベルの差はない。準備万端整え、チーム一丸となって頑張る」と静かに闘志を燃やす。 (寒)
カーリング歴24年、臼井選手の横顔
常呂小学校1年で始め、カーリング歴24年になる。4年生から町のジュニア教室で本格的に学び、5年生のときにスキップを務めて作ったチーム・アイスファイターズで町内小学生の常呂カーリング協会長杯に出場し優勝。1学年上の6年生チームを破り、2位となった吉田夕梨花さんらを悔しがらせた。表彰式で会長は「将来ここからオリンピック選手を」と期待した。常呂高校では生徒会長を務めた。現在、ミックスダブルスカーリングで活躍する谷田康真選手とは札幌学院大学の同期。かつてカーリング草創~隆盛期に常呂カーリング協会の事務局長を務めた町職員の臼井弘昭氏は父親で、往年のカーラーに広く知られる人物。大病で早くに亡くなったが皆に慕われた。当時、槙吾さんは高校3年生。「裏方の仕事が好きな人でした」 (寒)