人が暮らす〝今〟と〝未来〟を探そう!!

北見市・網走市・美幌町・大空町・津別町・置戸町・訓子府町の2市5町に約85,000部を所定エリア全域配布

【オホーツクの情報源/伝書鳩WEB】

北見市で発行される日刊フリーペーパー 情報誌 チラシのポスティング 広告 所定域の全戸配布・部分配布 WEBコンテンツ オホーツク特選街・サイト制作
サイト内メニュー
会社案内メニュー

連載 LS物語 (8)

tweet
2018/02/19掲載(北見市/スポーツ・本紙連載)

北見から五輪へ

吉田 知那美選手
小学3年、初対戦が藤澤チーム
中学2年、日本選手権予選でトリノ五輪代表チームに勝利

ロビンズ(左端が吉田知那美選手)

ロビンズ(左端が吉田知那美選手)

吉田知那美選手(26)がカーリングを始めたのが小学2年生のとき。当時の常呂町カーリングホールのジュニア教室に通ったが、指導者の男性は「1年間、ストーンを持たせてくれなかった」と振り返る。今から20年近く前のことだ。

 男性とは昭和50年代、常呂にカーリングを導入したカーリング協会初代会長のこと。吉田知選手は「1シーズン掛けて、徹底して基礎を教わった」。

 翌シーズン。小3のとき、初めての対戦相手として、男性が連れてきたのが、北見市花月町の河西建設カーリングホールで練習していた藤澤五月選手(26)のチーム。両親の指導の下、兄姉らと幼いころからカーリングに親しんでいた藤澤一家の五月さんらだ。

 同級生とチームを組んで対戦した吉田知選手は「五月ちゃんはすごかった。まったくだめでした」と初試合に臨んだ感想。ただその後まもなく、吉田知選手らは低学年にもかかわらず地元のローカル大会「ホタテちゃんシールジュニアカーリング選手権」で活躍し、早くも頭角を現す。

 中学2年の時に出場した日本カーリング選手権予選リーグで、吉田知選手、鈴木夕湖選手らの常呂中学校(ロビンズ)は、トリノ冬季オリンピック代表のチーム青森を破った。この時点ではまだ注目されてなかったが、決勝トーナメントで再びチーム青森と当たると常呂の先輩の旧姓小野寺歩選手、林弓枝選手らを本気にさせた。

 試合の中盤「ハウスに一つもストーンがない状態で、タイムアウト(1試合に1回だけ)を要求してきた」と当時も常呂中学校チームをコーチしていた小野寺亮二さん。「こんな経験ない。どうしたらよいか分からなかった」と吉田知選手。そして「歩ちゃん(小野寺歩選手)達、怖かった」と中2の選手達は語った。 <つづく>(寒)