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波乱万丈の半生記

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2020/01/23掲載(北見市/本誌連載)

北見の84歳男性

 サイクリング、ダンススポーツ、ボールルームダンスをはじめ数多くの競技でアマチュアにこだわり指導者を務めてきた北見市在住の84歳男性は転倒骨折し休養中だが、完治すれば再び指導に努めたいと意欲を燃やす。自ら波乱万丈という苦難の半生を振り返ってもらった。

社交ダンスや自転車…アマチュアにこだわり指導
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 昭和10(1935)年、6人きょうだいの二男として北見市で生まれた。小2のとき興部町から北見に転居。当然のように転校生はいじめに遭う。それでも男性少年は負けなかった。小学校高学年になると、叔母から仕入れたローソクを市内昭和、仁頃、若松などに売りに出掛けた。郊外はまだ電気が通っておらず、ローソクが必要だった。農家で卵を買って帰る。きょうだいを食べさせるためには働かなければならない。少年の〝仕事〟に自転車は欠かせなかった。

 戦後、釧路から函館まで数日かけて走り継ぐ北海道縦断サイクルロードレース大会が行われていた。19歳の昭和29年、初参加した男性はアンカーを任された。小学生の頃から〝仕事〟で鍛えた健脚をサイクルロードレース北海道で上位入賞し発揮した。自転車競技にのめり込む男性を両親は心配し、お見合いさせたくらい熱を入れていた。

 自転車競技をやめた当初は民族舞踊や日本舞踊を手がけていた。師範の免状を持つ。社交ダンスは昭和42年から指導を始め、同55年に北見社交ダンス愛踏会、平成7年に北見ダンススポーツ協会を設立し会長に。指導歴は半世紀を超す。

 若い頃の自転車競技は相手に勝つのが目標だったが、50歳を過ぎてからのセンチュリーラン北見160㌔大会やオホーツクインターナショナルサイクリング212㌔は自分が楽しむために参加した。

 サイクリング協会、レクリエーション協会、ペタンク協会のインストラクターや指導者、日本体育協会公認体力テスト判定員、スポーツリーダーバンク指導員、北海道アマチュアボールルームダンス指導員3級で、北見支部初代会長を歴任するなど数多くボランティアで活動した。平成28年に北見市教育文化体育功労表彰を受賞している。〝生涯一指導者〟とアマチュアにこだわり、復帰をめざす。  (寒)